どうして透析患者さんは心臓が大きくなるの?
心臓が大きくなる原因の一つに心臓の筋肉(心筋)が大きくなる心肥大があります。左室肥大は左心室側の心筋が肥大することで起こり透析患者さんで非常に多くみられます。
透析患者さんの死因の第一位は心不全で、左室肥大は心不全にとってとても関係している危険因子と言えます。
この記事では、透析患者さんの左室肥大の原因と危険度を当院で行った左室肥大の検討結果も踏まえてご紹介させていただきます。
透析患者さんが左室肥大になりやすい理由
- 体液過剰による前負荷の増加
- 高血圧や動脈硬化による後負荷の増加
- 貧血
透析患者さんは体液過剰や高血圧・動脈硬化にとてもなりやすいため、おのずと左室肥大も引き起こしやすくなります。
体液過剰で前負荷が増えると、送り出す血液の量が増え、心臓の負荷が増えることで心肥大を起こします。また、動脈硬化などの後負荷が増えると、送り出すときに心臓が力いっぱい送るため心肥大が起こります。
貧血も左室肥大の要因となります。貧血になると全身に酸素をうまく運べなくなるため、心臓がたくさんの血液を全身へ送ろうとするために心筋が肥大していきます。また、心筋が肥大していくと心臓自体の酸素消費量も増えていくため、余計に酸素不足になり、また心臓から血液をたくさん送り出すために肥大していきます。
心臓が血液を送り出すときの負荷(総負荷)は前負荷と後負荷に分かれます。
前負荷は心臓が広がったときの容量(拡張期末期容積)になります。
後負荷は心臓が血液を送り出すときの力とされ、末梢血管抵抗,大動脈弁狭窄,血液粘稠度,動脈の弾性が指標とされます。
透析患者さんの左室肥大の頻度
左室肥大は腎機能が低下するにつれて増加していき、正常腎機能(eGFR30以上)では16~31%、透析開始前では60~75%、透析開始後では90%の患者さんに見れると言われています。
左室肥大の評価
左室肥大に左室重量係数(Left Ventricular Mass Index:LVMI)を用いることが多いのではないでしょうか。
LVMIは超音波検査(心エコー)で測定できる項目から計算で求めることが出来るため、外来の透析クリニックでも測定が可能だと思います。
LVMI=LVM/BSA
LVM=0.8{1.04[([LVDd+IVST+PWd]3-LVDd)3}+0.6
- LVM:左室重量
- LVDd:左室拡張末期径
- IVST:心室中隔壁厚
- PWT:左心室後壁厚
- BSA:体表面積
左室肥大の診断には、心電図・エコー・MRIを用いることが一般的だと思います。
MRIは左室の重量や肥厚のパターンなどを正確に評価でき、また心筋の繊維化の程度も把握できます。しかし、MRIでは大掛かりな設備が必要だったり、コストがかかったり、検査できない症例などがあります。
エコーは簡便で外来でも検査ができ、日常診療の評価として用いるには第一選択になるのではないでしょうか。
LVMIの基準値
男性:LVMI>115g/㎡
欧州高血圧学会・欧州心臓病学会2018年ガイドラインから引用
女性:LVMI>95g/㎡
エコーによるLVMIのカットオフ値には様々な論文で評価されており、左室肥大の評価にはLVMI>125g/㎡だったり、男性:LVMI>132g/m2、女性:LVMI>100g/㎡だったりします。
左室肥大の要因その①【性別】
一般的に心肥大は男性の方が多いと言われています。しかし、高齢になると女性の心肥大が増加していきます。
20歳以上の心不全患者は男性56%、女性44%と男性の多いが、女性は男性より高齢で発症する。日本でも、男性66.3歳、女性72.2歳と高齢女性が多い。
循環器領域における性差医療に関するガイドライン
透析患者さんは高齢化が進んでおり、透析患者さんの全体の平均年齢も69.09歳です。その為透析患者の左室肥大は女性に多いかもしれません。
糖尿病による心肥大は女性の方が頻度が高く、糖尿病性腎症が多いことも女性の左室肥大が多い要因かもしれません。
当院で行った検討結果でも女性71症例で59症例(83%)で左室肥大が見られました。平均年齢は69.2歳です。
高齢になると女性の方は心肥大多くなる理由としては女性ホルモンであるエストロゲンが心肥大の抑制効果が関係しているようです。高齢になるとエストロゲンの分泌が減り心肥大が増えるのではないでしょうか。
左室肥大の要因その2【血圧】
高血圧は左室肥大の一番の原因と言えます。
透析患者さんは体液過剰と動脈硬化によって高血圧になりやすいです。2012年末の日本透析医学会統計調査委員会の報告では、透析患者さんの高血圧の有病率は72.8~74.9%でした。高血圧は透析患者さんにとってもっとも頻度の高い合併症と言えるのではないでしょうか。
心臓にとって体液過剰は前負荷の増加、動脈硬化は後負荷の増加につながり左室肥大を増強させます。
当院で行った検討でも、LVH(-)群では透析開始時の血圧130mmHgに対して、LVH(+)群では144mmHgと有意に差が出ました。
左室肥大の要因その3【高リン血症】
透析患者さんの高リン血症は動脈硬化を引き起こします。動脈硬化になることで末梢血管抵抗が増加し後負荷が増加します。後負荷が増加することで心負荷がかかり左心肥大の要因になります。
また、高リン血症では心臓の拡張機能低下や心筋の繊維化が起こり、これも左室肥大の増強の一因となります。
近年、血清リン濃度とFGF23の関係が注目されています。血清リン濃度が上がるとFGF23が上昇し、FGF23が直接的に左室肥大の要因となると考えられています。
当院で行った検討でも、LVH(-)群の透析前の血清リン濃度は4.6mg/dlで、LVH(+)群の透析前の血清リン濃度は5.0mg/dlと有意に差が出ました。(P=0.0439)
オッズ比も1.34と血清リン濃度が高くなるとLVHも高くなる結果でした。
左室肥大の要因その4【カルシウム受容体作動薬の使用】
透析治療で使用されているカルシウム受容体作動薬は”エテルカルセチド”と”エボカルセト”の2種類でしたが、2021年に新たに”ウパシカルセトナトリウム水和物”が発売されて現在では3種類になりました。
カルシウム受容体作動薬は、副甲状腺にあるカルシウム受容体に直接作用して副甲状腺ホルモンの分泌を抑える働きをします。
LVHと将来の死亡率との強い関連性やFGF23レベルが上昇しLVHの発生率が高いCKD患者の数が増加していることから、CKD患者の心血管リスクの要素がFGF23に直接起因している可能性があることを示唆しています。
Faul C, Amaral AP, Oskouei B, Hu MC, Sloan A, Isakova T, Gutiérrez OM, Aguillon-Prada R, Lincoln J, Hare JM, Mundel P, Morales A, Scialla J, Fischer M, Soliman EZ, Chen J, Go AS, Rosas SE, Nessel L, Townsend RR, Feldman HI, St John Sutton M, Ojo A, Gadegbeku C, Di Marco GS, Reuter S, Kentrup D, Tiemann K, Brand M, Hill JA, Moe OW, Kuro-O M, Kusek JW, Keane MG, Wolf M. FGF23 induces left ventricular hypertrophy. J Clin Invest. 2011 Nov;121(11):4393-408. doi: 10.1172/JCI46122. Epub 2011 Oct 10. PMID: 21985788; PMCID: PMC3204831.
シナカルセト治療は心臓足首血管指数(CAVI)(p <0.01)が大幅に改善され、さらに拡張機能(E / e ‘比、p <0.05)および左心室質量指数(p <0.05)を大幅に改善しました。シナカルセトは、SHPTの血液透析患者の酸化ストレスを減らし、血清一酸化窒素産生を増加させることにより、内皮機能障害、拡張機能障害、および心肥大を改善する可能性があります。
Choi SR, Lim JH, Kim MY, Hong YA, Chung BH, Chung S, Choi BS, Yang CW, Kim YS, Chang YS, Park CW. Cinacalcet improves endothelial dysfunction and cardiac hypertrophy in patients on hemodialysis with secondary hyperparathyroidism. Nephron Clin Pract. 2012;122(1-2):1-8. doi: 10.1159/000347145. Epub 2013 Mar 1. PMID: 23466553.
最後に
この記事では、透析患者さんの左室肥大についてまとめてみました。
記事を読んでいただければ、透析患者さんがいかに左室肥大を起こしやすいかがお分かりいただけたのではないでしょうか?
当院における左室肥大と透析歴では相関関係はありませんでした。透析患者さんは左室肥大になりやすい要因が多いと言うだけで透析歴が長くなれば悪化していくというものではないようですまた、左室肥大と貧血も有意差はありませんでした。
それは、医師をはじめ看護師、臨床工学技士、検査技師、栄養士が常に透析患者さんの状態を管理しているからだと思います。体液管理を含む血圧のコントロール、食事管理を含むリンコントロール、エリスロポエチン製剤を使った貧血コントール、カルシム受容体作動薬を含むCKD-MBDkントロールを行うことで左室肥大は抑制できるのではないでしょうか。
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