精神心理を表す「サイコ」と、腎臓病学を表す「ネフロロジー」を合わせてサイコネフロロジーと言い、精神腎臓病学のことになります。
サイコネフロロジーのポイント!!
- サイコネフロロジーとは慢性腎臓病患者さんの心の問題を扱う学問である
- 透析患者さんの10~20%がうつ病に罹患しており、見逃されている症例も少なくない
- 透析患者さんのうつ病に対する治療においては、まずは支持的対応が必要であり、非薬物療法としては運動療法の有用性が示されている。向精神薬(抗うつ薬)を用いた薬無聊お法は有効性は限定的である。
- 心身症(病態に心理社会的背景が関わる身体疾患)への対応では心療内科医との連携を考慮する。
透析患者さんの心理と精神的ストレス
透析患者さんは様々な心理的な衝撃を受け、心理的な変化を経験します。
透析導入期では腎機能の廃絶という「喪失体験」から、落胆・失望が起こります。その後透析治療を開始し、否認や不安、いらだち・抑うつになります。そのような心理的変化をえて、受容に至ります。
これは、ほんの一例にすぎず、透析患者さんが透析治療を始めるまでの心理的プロセスは様々であり、すべての患者さんが透析治療を受容しているわけではないことを忘れてはいけないと思います。
受容できない患者さんが、「透析拒否の心理状態」となり、身体症状や治療に対するノンアドヒアランスとして現れます。
一般的に告知後、2週間程度で通常の心理状態に戻ると言われていますが、2週間以上心理状態の回復が遅れると、適応障害や不安・抑うつ状態が続くと気分障害(うつ状態)として持続する患者さんも存在します。
これらは、透析治療によって自身の生活スタイルを変更しなくてはならなくなったり、透析の合併症への恐怖、透析治療に終わりがないことなどがあります。
透析患者さんのうつ病の疫学
世界的にうつ病の有病率は13.9%で、有病率がもっとも低いのは日本で2.0%です。
Lopes AA, Albert JM, Young EW, Satayathum S, Pisoni RL, Andreucci VE, Mapes DL, Mason NA, Fukuhara S, Wikström B, Saito A, Port FK. Screening for depression in hemodialysis patients: associations with diagnosis, treatment, and outcomes in the DOPPS. Kidney Int. 2004 Nov;66(5):2047-53.
このDOPPSの報告では、日本の透析患者さんのうつ病がもっとも低いとされていますが、これは日本の医療が優れているのか、またはこの研究で使用されているCES-Dという心理検査が日本人の性格から過小評価されているのかもしれません。多くのうつ病患者さんが見逃されている可能性もあります。
また別の論文では
透析患者さんのうつ病の有病率は22.8%であり、慢性腎臓病患者の4分の1に及びます。
Palmer S, Vecchio M, Craig JC, Tonelli M, Johnson DW, Nicolucci A, Pellegrini F, Saglimbene V, Logroscino G, Fishbane S, Strippoli GF. Prevalence of depression in chronic kidney disease: systematic review and meta-analysis of observational studies. Kidney Int. 2013 Jul;84(1):179-91.
日本における透析患者さんのうつ病の有病率の報告では、透析患者さん108例の検討で9.3%の有病率であったと報告があります。
これらの報告から透析患者さんの5~10人に1人がうつ病をもっていると考えられます。
透析患者さんのうつ病の背景と原因
透析患者さんのうつ病の原因には生物学的要因・心理的要因・社会的要因があります。
- 生物学的要因
- 神経・内分泌系の変化、尿毒症物質、慢性炎症、視床下部-下垂体-副腎系の調節不全
- 心理的要因
- 健康の喪失、自尊心の低下、治療に関する恐怖・苦痛・負担、合併症の恐怖・苦痛・負担、生活上の制約、社会的役割や家族関係の変化、セルフケアの負担
- 社会的・経済的要因
- 若年者、女性、社会的サポートの乏しさ、失業、低所得
この他に、年齢・性別、透析期間や透析合併症、対人関係をはじめとする社会的関係もうつ病に関連しています。
透析患者さんのうつ病のスクリーニングと診断
うつ病の診断には「DSM-5」や「ICD-11」を用いるが一般的です。
- DSM-5:アメリカ精神医学会が出している精神疾患の診断基準・診断分類です。
- ICD-11:世界保健機関(WHO)が作成した診断基準
しかし、これらの診断基準を透析室で行うには難しいことが多く、実際は「PHQ-2」や「PHQ-9」などのスクリーニングを行うことが現実的だと思います。
- PHQ-2:大うつ病の診断する2項目
- PHQ-9:PHQ-2に更に7項目追加し、うつ病のスクリーニングと重症度の評価にしようされる9項目
しかし、精神科医の先生や臨床心理士さんがいない施設が多いと思います。そのため慣れていない透析スタッフが行うことに難しさを感じるかもしれません。
日頃の透析業務の中で透析患者さんに「食事が取れているか?」「睡眠はとれているか?」などを聞くことが大切だと考えています。
透析患者さんのうつ病の治療
治療の一番は、近隣に透析治療に精通した精神科医の先生がいて日頃から連携ができている医療機関に紹介することができれば良いですが、実際は難しいことが多いと思います。
そうすると、自分たちで対応することも多いかと思います。
- 良好な身体状態を作り維持する
- 身体的な自覚症状を緩和する
- ひとつひとつの身体的ケアを丁寧に行う
- 正しい情報提供
- 喪失をできるだけ少なくするための工夫
- ソーシャルサポートの改善
- 支持的精神療法の応用
- 「指導」「教育」の工夫、エンパワーメント・アプローチ
- 向精神薬の使用
非薬物療法
- 抗うつ薬などの向精神薬の効果は限定的であり、軽度や中等症のうつ病では非薬物療法でも十分効果的が期待できます。
まずは非薬物療法から始めてみることが望ましいと思います。
- 支持・傾聴・共感などの精神的ケア
- 認知行動療法や運動療法
最近では腎臓リハビリテーションの普及しており、透析施設でも運動を行うことができます。運動療法はうつ病の予防にも期待されます。
薬物療法
透析患者さんの場合、抗うつ薬に関して排泄や蛋白結合率によって有効性や安全性は限定的です。そのため副作用が発生することがあるため十分注意が必要です。
「うつ病は心の風邪」と言われるほど、「誰にでも罹るする可能性がある」を忘れてはいけないと思います。
今回の記事は以上となります。最後まで読んでいただきありがとうございます。
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